あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

めっきり秋らしく

 すっかり秋らしくなりました。でもまた明日は気温が上がりそうですが…。暑さ寒さも彼岸までとは言ったもんですね。昔の人の経験則は凄いなぁ。


 さて、今回も、バイト先の春・夏メニュー。容量食うんで、小さい画像に…(笑い)サッパリと頂く、山菜と大根おろしのうどんですね。大根おろしにジァスターゼが存分に含まれているから消化に良いとか。時代はヘルシー志向です。

 秋と言えば台風。幸い、日本に来た台風は東の方に去ってくれましたが、アメリカではまたリタなる台風が猛威をふるったようですね。

 しかしアメリカ政府の採った今度の対応もまた考えさせられます。つまり、ああいった、自然災害があったときに、政府トップが「避難せよ」で果たして国家とはなんぞや?と思うわけです。
 我々が得られる情報はメディアを通じた、偏りのあるものですが、その偏りを自覚した上で、考察するのは決して無駄じゃありません。ああ、また脱線してしまった。
 話を戻して、災害があったときに、「各自で避難してください」っていうのはかつて日本中で広がった「自己責任」に一脈通じるところがあります。自分の身は自分で守る。というのは確かに重要なんですが、国家(あるいは政府)の役割は国民の生命・自由・財産の保護にあたる、というのが近代国家の原則です。
 ただし、いま挙げた考え方は、もっぱら国家を「契約」対象とみなしているわけで、保守主義の人たちは当然これとは異なる発想をします。
 そうした、国民の生命・自由・財産の保護を放棄するかのような政府とは果たして何なんでしょう?新保守主義的政策でもって、成功するも、失敗するも自己責任。と言う社会は果たして人間社会として適当なんだろうか、と思ってしまいました。

 聞いたところに依ると、前回被害にあったニューオリンズの人たちに義捐金を口座振り込みにするらしいんですが、被害者の多くは銀行に口座を作ったことのない人たちだそうです。そのことが示すように、我々が思っている以上に社会階層が拡がっていっているのが「世界で最も豊かな」アメリカだというんですから、オカシナものです。

完訳 統治二論 (岩波文庫)

完訳 統治二論 (岩波文庫)

社会契約論といえばルソーですが、社会契約の概念自体はこっちの方が分かりやすいかも。
もっとも、ルソーとロックでは大きく違うんですが、日本国憲法はロックの影響が強いですね。