あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

アンコール滞在記③

 この日はもちろんバンテアイ・サムレだけではなくて他にも沢山見ています。ただし難点なのがきちん予習していかなかったから、なんでも似たような遺跡に見えてしまう。一日何時間も遺跡を巡っていると、どれがどれだか分からなくなってしまい、一瞬デジャブ感におそわれます(笑)。

 この写真は恐らく東メボンだと思うのですが、時代を感じさせるエピソードがあります。
 「東」メボンというくらいだから「西」メボンがあるのか?といえば有るんです。
 もともとアンコール・ワットやアンコール・トムを挟むような形で東西にメボンがありました。かつてはどちらのメボンにも水をたたえていて、その中心部に小高い山を築いて塔というか寺院を建てたらしいんですよね。
 でも、1000年以上を経った今では東メボンには水が無くなってしまって、見てのとおり周りは深い木々に覆われています。
 西メボンはまだ水があるらしいんですけどね。
 でも、帰国の途中、西メボンに寄ったご婦人に話を伺ったところ、結構西メボンも水が減っているようですね。雨期に行けば水を湛えたイメージ通りの景色が広がるみたいですけど…。


 カンボジアは就業者の90%が農業に従事していると現地のガイドの人の言。大多数の農業とアンコール・ワットを中心とした遺跡でもって国が成り立っているみたいです。
 これを見ても様子がうかがえると思いますが、ほんとに地平線まで木々で覆われているってかんじです。
 日本の都心だと、ずーっと街が広がっているのとはまさに反対ですね。