あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

憲法記念日の前に〜長谷部恭男『憲法とは何か』を読む

 今年は日本国憲法施行公布60年と言うことで、いろんなところで特集が組まれるだろうと予測されます。その憲法記念日を前に憲法について書かれた一番新しい本を紹介、というか読んでみる。

憲法とは何か (岩波新書)

憲法とは何か (岩波新書)

 ところで、法学部の人ならともかく、それ以外の人にとっては憲法の役割について説明がつく人はいるのでしょうか?


 極論すると、憲法は国民が政府の行動を拘束する「縛り」です。(それに対して法律は政府が国民の行動を拘束する「縛り」になる。)


 そう考えると、昨今の憲法に関する議論を見聞きしていると、思わず首をかしげたくなることが少なくありません。
 さて、著者の長谷部恭男は東京大学法学部教授でもちろん専攻は憲法学です。管理人も憲法の講義で長谷部氏の「切り札として」の人権(説)があるとその説の一端を説明してもらった記憶があります。
 年齢的に今が一番脂の乗っている時期ではないでしょうか?もっとも、何歳を持って学者は脂が乗っているとするかは判断の分かられるところですけれど…。
 そんな著者が憲法は何なのか?という初歩的な疑問に、憲法制定の世界史的経緯をふまえつつ論じていくのが本書のスタイルといえるでしょう。
 著者は憲法立憲主義は切っても切り離せない関係にあると考えているので、双方の関係について多くのページが割かれていますが、とても平明な文体もあって非常にわかりやすい。
 たとえば立憲主義について、著者は次のように説明をする。

 異なる価値観・世界観は、宗教が典型的にそうであるように、互いに比較不能である。しかも、各人にとって自分の宗教は、自らの生きる意味を与えてくれる、かけがえのないものである。かけがえのないものを信奉する人々が対立すれば、ことは深刻な争いとなる。人生の意味、宇宙の意味がかかっている以上、ヨーロッパの宗教戦争がそうであったように、簡単に譲歩するわけにはいかず、対立は血なまぐさいものとなりがちである。
 こうした比較不能な価値観の対立による紛争は、21世紀初頭の今も、いまだに世界各地で発生している。
 しかし、人間らしい生活を送るためには、各自が大切だと思う価値観・世界観の相違にもかかわらず、それでもお互いの存在を認め合い、社会生活の便宜とコストを公平に分かち合う、そうした枠組みが必要である。立憲主義は、そうした社会生活の枠組みとして近代のヨーロッパに生まれた。


 そこで、人間の生活を公的(=パブリック)な領域と私的(プライベート)な領域とに分けることが立憲主義の前提となる。私的な領域では各自、自由な価値観をもつ権利を得るわけだ。
 その上で、公的領域ではそうした違いにかかわらず、社会のメンバーに共通する利益を発見、決定する。その際、理性を持って話し合うことが当然求められるわけだ。


 従って、昨今の憲法改正議論に見られるように人々の良心に任される・私的な領域に「日本人として生きるべく正しい道」を持つよう、コントロールをしようと企てているのではないかと思われる議論が散見される。
 そうした議論は憲法ならびに立憲主義というものが良く分かっていない証拠だろう。もっと言ってしまえば、そうした倫理規定のようなものを含む憲法は少なくとも民主主義国の憲法ではない。(もっとも、そうでない国であれば当然異なるのだろうが…)


 また、「憲法改正は必要か」という質問の持つ意味の不可思議さを採り上げる。

 この種の世論調査でよく見られる質問項目は「憲法改正は必要か」あるいは「憲法を改正すべきか」というものである。
 これは考えてみると不思議な質問項目である。「民法典改正は必要か」あるいは「民法典を改正すべきか」という質問を受けた人は、おそらく「民法典のどこをどう改正しようというのか、それが分からなければそんな質問には答えられない」という反応をするものであろう。


 つまり、こうした質問にはさしたる意味を持たないのではないだろうか。という見方だ。 逆に言ってしまえば、こうした質問に「漠然と」答えてしまう程度の認識しか持ち得ないのが今の世論なのではないだろうか?
 本書でも採り上げられているが、他国の国民投票までのプロセスや、そもそも憲法改正の議員発議の要件が高い(国会の総議員の三分の二以上)という理由についても考えてみることは有意義だ。
 長くなるのでこの辺にしておくけれども、憲法の改正・反対を表面的な要因で決めるのではなく、立憲主義の意味とそれを支える憲法というものをある程度理解することが必要ではないのか。


 あと、章末ごとに文献改題というページがあり、そこではかなり込み入った解説がなされている。大学の専門(ゼミとか)で研究しようと思うヒトくらいでないと歯が立たないくらい。なので、初心者だけではなく、学部卒くらいのヒトでも充分に読める本だと思う。
 本書は改憲・護憲という観点に捕らわれず、分かっているようで分かっていない憲法について明快に説明した本の中では、価格・分量とも丁度良く、かなりオススメ。

オススメ度→★★★★☆(というか4.5くらいの価値はある)


憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

同じ筆者のこれも併せて読むと良い。タイトルから9条がメインかと思いや、こっちも憲法立憲主義について論じている。こっちも★4.5くらいの価値はあります。