あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

共謀罪に対する読売社説考

 11日の読売新聞の社説では結局慎重に解釈をすることを要求して、法案成立を促そうとしている姿勢が透けて見える。

共謀罪』法案「懸念の払拭へ慎重な詰めを」

 「共謀罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案の国会審議が大詰めを迎えている。

 共謀罪は、テログループや暴力団など組織的な犯罪集団が、犯罪を謀議した計画段階で処罰するものだ。重大犯罪を早期に摘発して「未然防止」することは無論、必要なことである。

 国連総会で2000年に採択された「国際組織犯罪防止条約」は、共謀罪の設置を義務づけている。119か国が批准・締結し、発効している。日本は条約に署名し、与党だけでなく、民主、共産各党も賛成し、国会承認されている。

 共謀罪の問題点は大きく二つある。どんな団体や組織に適用するのか、さらに共謀の「謀議」は、どの範囲で成立を認めるかだ。

 適用対象について、与党の修正案は、暴力団など「犯罪の実行が目的である団体」に限定した。

 民主党の修正案は「組織的犯罪集団」としたうえで、懲役・禁固5年以上の罪に当たり、かつ「国際的犯罪に限る」と厳しい枠をはめた。

 しかし、条約は、「4年以上の懲役・禁固に当たる罪」を対象とし、「国際的犯罪に限定しない」ことを義務づけている。厳しい制約を課した場合、犯罪摘発が遅れ、条約の目指す「未然防止」が期待できなくなる恐れがあるからだ。

 やはり、条約に沿って、「国際標準」で考えるべきではないか。

 「謀議」についても、与党の修正案は謀議だけでなく、現場の下見や凶器の購入資金の準備など実行に向けた「外部的行為」を構成要件にした。

 民主党は「テロの実行日が決まっている」「軍事訓練を行う」など、具体的な「予備行為」が要るとしている。

 余りに厳格な条件を付けたのでは、実効性が薄れかねない。だが、拡大解釈の余地を残し、不当な運用をされることがあってはならない。

 野党側は、労働組合や市民団体などまで適用の対象にされかねない、と懸念する。与党側は、労働団体などの正当な活動は妨げない、などとする再修正案を示したが、政府も、懸念の払拭(ふっしょく)へ、今後の審議を通じて十分な説明が必要だ。

 テロや組織犯罪を国際連携で摘発しようというのが条約の要請であり、改正案の本来の目的だ。日本が、犯罪を阻止する国際的なネットワークの穴になっては国際社会から批判される。

 こうした犯罪の未然防止を図りつつ、その一方で拡大解釈を生まないよう、どう歯止めをかけるのか。国会審議で慎重に詰めていく必要がある。

 相も変わらず読売新聞である。ここの新聞社は巨人の優勝と公称1140万部と「世界で一番売れている」新聞が売れ続けていればそれで良しとしてしまうのだろうか?
 もともと読売新聞はその母体が報道と言うよりも娯楽に力点のあった会社だからジャーナリズムという精神は薄いのかもしれない。もっとも、社説には主筆ナベツネこと渡辺恒雄の影響が今なお、あるらしいので何とも言えないが。
 なお、この社説で主張される「4年以上の懲役・禁固刑」と「国際的犯罪に限定しない」ということについて検討されているので、以下を参考にしてください。


2006-05-12
法と常識の狭間で考えよう


 ここでは、政治学的に考えてみることにする。
 条約の解釈問題というのもあるのだが、まったく読売の社説には原理的なことが全く忘れ去られていることを指摘しなくてはならないだろう。
 つまり日本が批准した条約というのは「国際組織犯罪防止条約」であり、その対象は「国際犯罪組織」だ。つまり、そうした組織を取り締まるのに必要な手段としての共謀罪であり、それ以外何もいらない。
 実際、共謀罪を導入しているアメリカでは当初の「対テロ組織」がいつの間にか「反戦活動家」や「人権運動家」などへと対象が変化している。


 反戦活動家や人権運動家というのはいわゆる「プロ市民」で私たちとは住む世界が違うから関係ないや。
 と思うかもしれない。しかし、政治学者の丸山眞男によれば、イデオロギー・思想というのは生活実感が抽象化されていったモノだという。
 つまり(ここでは)、反戦運動や人権運動が取り締まりの対象となることで、生活実感として「そういう活動はイヤだな」と思ってしまう。それが抽象化されたイデオロギー・思想段階では「体制順応」や「政府への忠誠」となって表出されてしまいかねない。


 だから、思想信条の自由は保護されなければならないし、社会の多様性を政府は認めなければならないのだ。もちろん、他者に危害を加えてはいけない。だからといって、過度に取り締まる法を作った場合、社会の多様性そのものが失われ、画一化されてしまう。
 社会が画一化・(穏やかながらも)抑圧化された場合に、ファシズム的な方向に走りやすいというのは、近隣のアジア諸国をみても、かつての日本史およびドイツ史をみても明らかだろう。


 ちなみに「テロの穴」と社説で言っているが、テロに見舞われているのは一体どこか?と言うことも考える必要があるだろう。実際、テロが起こってしまったのはアメリカの片棒を担いでイラクに軍隊を派遣したイギリスであったりスペインであったりではないか?
 永世中立国のスイスではテロは起こっていないし、日本も地政学的な影響もあるが、石油危機以来、皇室外交を中東で展開していることもあってそこまで対日感情は悪くなかった。
 もっとも、イラク戦争以降、悪化していると言うが…。
 結局、テロ組織を取り締まるの以上に、テロを発生させるアメリカ的なグローバリズムをどのように変えていくかということも考えなくてはいけない。

丸山眞男集〈第6巻〉一九五三−一九五七

丸山眞男集〈第6巻〉一九五三−一九五七