あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

「向こうっ側」の大切さ@佐伯啓思『学問の力』impression

学問の力  NTT出版ライブラリーレゾナント023

学問の力 NTT出版ライブラリーレゾナント023

 いきなり冒頭で恐縮だが、佐伯啓思と管理人とは考え方がおおよそ反対側を向いているように思う。佐伯の作品はボツボツと読んでいるだけで、熱心な読者ではないからそれほど詳しくは言えないが、それでも毎回読後には「違うんじゃないかなぁ…」という後味が残るのは確か。


 佐伯啓思は現在、京大大学院教授で専攻は経済思想。経済思想と政治思想というのは相互に関連し合う学問領域であるために、この本で述べられる思想家の取り扱い方も管理人の認識と重なるところがある。
 本書の、というよりも著者の凄いところはこれを「語りおろし」で仕上げた、というところだろう。これだけの内容を「書き下ろし」ではなくて「語りおろり」てしまうあたり、非常な能力の高さを感じさせずにはいられない。


 内容は「学問の力」といいながら、学問そのものに主題をおいているわけではない。結論から言えば現在の細分化された「学問」ではなしに、本来の学問の持っていた、地に足の着いた学問の重要性を今日の社会状況の中で説いている。今の人の感覚で言えば学問と言うよりも「教養主義」みたいなものだし、「智慧」(知恵ではなくて)、「Wisdom」に相当するものだと思う。
 本書ではリベラリズムの問題や戦後の大衆社会への時代思潮、そして保守主義について採り上げられる。
 管理人も含めてなのだけれど、「進歩派」知識人に代表される人々(代表的には丸山眞男など)は基本的に「リベラル」と呼ばれるし、本人たちもそう思っていた。現在でもいわゆる「朝日」「岩波」的な側はリベラルを標榜しているし、大学アカデミズムの世界では依然として強い思想潮流を保っているといえるだろう。(管理人自身のスタンスもこの系譜に属すると思う)
 しかし、著者はそうしたリベラリズムに立つ側に、現在の世界状況というのは果たしてリベラリズムで対処できる問題なのかどうか、という疑問を投げかけている点で非常に興味深い。そして、アメリカ的なリベラリズムイスラム原理主義のような二項対立を緩和しうる可能性として保守主義の存在を掲げている。(ただし、注意しなければならないのは、ここでの保守主義は日本やアメリカの保守主義ではなく、歴史と習慣に裏打ちされた叡智を尊重する、いわゆる「イギリス保守主義」の系譜である。)


 リベラルな側は、ややもすると、自分たちの考え方。つまり、(基本的)人権があり、立憲主義で…といった価値観は人類普遍のモノと考えがちである。しかし、果たしてそれで良いのか?所詮は西欧に起源を持つ一つの考え方に過ぎないのではないか?といった根本的な異議申し立てについてはあまり考えてこなかった。
 確かに、ここに踏み込んでしまうと、答えのない世界に入り込んでしまうため意識的に考えないようにしてきた、といえなくもない。しかし、敢えてそういったリベラルの側には「耳の痛い」指摘をする存在は必要だと思う。
 佐伯啓思のスタンスは本人が意識しているかどうかは分からないが、驚くほどに西部邁と似ているが、それはともかく、「自分の立場とは反対側の意見」の重要性を認識する上で、「それも一理あるかもな」と思わせる思想潮流は重要だろう。


 もちろん、管理人が考える保守主義思想の問題点として、保守主義者は基本的に「持てる」側、「虐げられない」側の思想である側面が強い、というトコロはここにもある。
 とりわけ、アジア・太平洋戦争に関する歴史観など、特攻隊を持ち出すなら、「特攻をさせる」者の責任や日本だけで300万人が犠牲になった戦争の結果責任を戦略立案者や、行政の最高責任者に当然問わなければならないのだが、佐伯の視野からはすっかりと欠落している。経済分野が専攻だから、とはいえ、政治における「行為」によって起こった「結果責任」の重要性というあたりが認識されているとは言えない。


 しかしながら、理念に燃えて、現実を見失いがちな「理性信仰」(リベラリズム社会主義のようなイデオロギーやイノセントな若者たち)に対して「世の中そう上手くいくもんじゃないんだよ」とたしなめる老獪な(!?)存在がいてこそ、社会はバランスがとれる。
 天秤やシーソーのように、一方には理念や理性があって、もう一方には歴史や慣習に裏打ちされた叡智(またはそれへの畏敬)がある。バランサーとしての保守主義の重要性(もちろん、単なる反動主義ではない)はもっと評価されてしかるべきだろう。


 大衆社会への分析は省略っていうか、それこそ本書を読んでください。
 ちなみに著者が言うような「虚構」の時代に生まれ、育った管理人だけれど、そんな自分の生まれ育った時代ってそんなに悪いもんじゃないですよ。と、だけは付け加えておく。