あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

西欧精神の探究

内容(「BOOK」データベースより)
ヨーロッパは「中世」に始まる。そして、この「十二世紀」が、ヨーロッパ最初の精神的自覚に、また、独自の文化の創造にまで到達した最初の時期である。上巻では、十二世紀がなぜ革新の世紀であるか、農耕民の心、都市民の心、グレゴリウス改革や修道精神や社会宗教運動、騎士道や愛をテーマに、革新の十二世紀に迫る。毎日出版文化賞受賞『西欧精神の探究~革新の十二世紀』が今よみがえる。

構成は次のとおり。
【上巻】
1.革新の12世紀
2.西欧農耕民の心
3.都市民の心―自由の精神
4.グレゴリウス改革―ヨーロッパの精神的自覚
5.祈れ、そして働け―西欧の修道精神
6.正統と異端―12世紀の社会宗教運動
7.騎士道―剣を振るうキリスト者
8.愛、この12世紀の発明

【下巻】
9.西欧型政治原理の発生―封建制度封建社会
10.大学と学問―自由な思索の展開
11.近代科学の源流―スコラ自然学と近代
12.中世人の美意識―ロマネスクとゴシックの世界
13.賛美と愛の歌―グレゴリオ聖歌と世俗歌曲
14.中世と現代―革新の世紀の終末と再生


 本書は1974-75年にかけてNHKで放送された「放送大学:西欧精神の探究」を補筆、訂正の上でテキスト化したもの。

 われわれが「日本的なもの」というものをイメージしたときに浮かび上がる多くのものは、古代日本からあるものではなく中世や近世に入ってから、ということがある。例えば、日本的な建築様式などは室町期の産物であるし、「わび・さび」といった美意識は江戸期に入ってから確立したと見て良いだろう。

 これと同じことが実は西欧史においても言えるというのが本書を読むと良く分かる。
 本書では「ヨーロッパ的」だと思われている諸価値が実は古代ヨーロッパではなく、中世、しかも12世紀を基点として生まれてきたのだ、と言うことを主張する。

 西欧史に通じていない人には注意しなければならないが、西欧文明が歴史の最先端になったのは極端にいえば産業革命以降であり、それ以前はオスマン帝国をはじめとするアラブの文明や、あるいは中国文明の方が進んでいた。
 12世紀の西欧はまさにそうしたアラブ文明圏の影響を受けながら、それをそのまま受容するのではなく独自の受容をすることで、後に続く西欧独自の歴史を築くきっかけになったのである。

 そうした前提を踏まえて本書を俯瞰した場合、おおよそ次のことが言えるだろう。
 西欧にとっての12世紀は古代的な精神(アバウトにいえば価値観)から大きく転換していくまさに契機であり、そうした精神と連動するかたちで社会にさまざまな変化が現れてくる、ということだ。
 詳細は気になるヒトが本書を読めばいい話であって、ここで述べることはないが、とりわけ4章のグレゴリウス改革や続く5章での「労働」にたいする価値観の転換などは後の西欧史を考えていく上で非常に重要である。
 また、7章の騎士道と9章の西欧型政治原理の発生は「封建制」という政治制度を理解する上で、またそうした政治状況を踏まえて成立する近代政治思想を考える上で非常に重要な事実を示しているように思われる。

 さらにいえば、それぞれの章ごとの講義(というか解説)のあとに編者を交えた鼎談(3人の学者によるトーク)のページがあり、同じ中世史でも厳密な意味で専門を異にする3人の学者によって、その回の講義に対する感想や質疑応答がおこなわれる。
 ここが重要なところで、そうした専門を異にする他の人間による指摘が、一面的な歴史説明に対する他の視点を提供するものであり、従って歴史に対する多面的な見方を提供することになる。

 とはいえ、さすがに四半世紀前の内容であり、そこに書かれている研究成果は今日の学術水準から比べればやはり「30年昔のもの」であることは否めない。
 そして、「西欧精神の探究」というタイトルでありながら、その中心に位置するキリスト教というものについて正面から論じているとは言い難い。西欧精神を理解する上で、キリスト教の理解は不可欠であると考えるヒトにとっては本書で取られるアプローチはマルクス主義歴史観であるという批判をするのは想像に難くない。


 それでも本書を通じての特徴だが、これ程の内容を備えていながら、使われている言葉は非常に平易であるため、いわゆる「ビギナー」(初心者)にとっても読みやすいし分かりやすいと言う点が上げられるだろう。
 さらに擁護すれば、当時においてキリスト教の与えた影響について考えたいのであれば、その他の研究書や概説書も同時にあたれば良いことであり、この本一冊で全てを網羅しようという期待をせず、当時の生活や社会制度について知るという姿勢において、本書を読んでいけばいいと思う。

 ともあれ、この時代について、そこそこの水準を保ちながら同時に、ビギナーでも読める本は少ないため、本書はその点からも(管理人も含めて)一般読者には充分勧められると思う。

オススメ度→★★★★☆