あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

小島毅『靖国史観─幕末維新という深淵』(ちくま新書)

靖国史観―幕末維新という深淵 (ちくま新書)

靖国史観―幕末維新という深淵 (ちくま新書)

筑摩書房HPより
司馬遼太郎をはじめ、今や誰もが一八六七年の「革命」(=明治維新)を肯定的に語る。けれども、そうした歴史評価は価値中立的ではない。なぜか。内戦の勝者である薩長の立場から近代を捉えた歴史観にすぎないからだ。「靖国史観」もそのひとつで、天皇中心の日本国家を前提にしている。本書は靖国神社創設の経緯をひもときながら、文明開化で儒教が果たした役割に光をあて、明治維新の独善性を暴きだす。気鋭の歴史学者が「日本」の近代史観に一石を投じる檄文。

 著者の小島は東京大学人文社会系研究科助教授。専攻は、儒教史、東アジアの王権理論で著書に『中国の歴史07中国思想と宗教の奔流』『近代日本の陽明学』(いずれも講談社)など多数。

 小泉内閣以降、靖国問題がにわかにクローズアップされていることもあり高橋哲哉靖国問題』や三土修平『頭を冷やすための靖国論』など、この手の問題を論じた力作が多い。
 その中でも本書は靖国の成立を明治に求めるのではなく、中世以来の日本儒教思想史から捉え直そうとする希有な著作である。

 まず著者は靖国の思想的根拠は儒教、なかでも水戸学にあるとし、日本の前近代社会に広く見られた「御霊信仰」とはそもそも本質的の異なるものであると論じる。

 そもそも儒教それ自体は古代中国において登場したというのは中学の教科書にもあるように周知だろう。
 その儒教思想には「革命」概念がある。その説明は本書を読んでもらうとして、この革命によって中国では王朝交代のLegitimacy(正統性)が担保されるのである。しかし、伝説的には神武天皇以来、日本では「万世一系」つまり、太古より天皇が連綿と統治してきたとされる。(歴史学的にみれば、形式的にはそう言えないこともない)
 そうした「万世一系」という前提と、頼朝の天下草創(鎌倉幕府の成立)という武家政権の歴史的意義を踏まえつつ慈円は『愚管抄』を著し、北畠親房は『神皇正統記』を著した。この歴史観を受け継いだのが江戸時代、水戸藩で編纂事業が開始された『大日本史』であり、そこで形成される水戸学である。

 江戸時代、松平定信が始めた寛政の改革の影響を思想史的にみた場合、朱子学の尊重や大義名分論というかたちで現れる。そうした思想史的影響が水戸学に及び、江戸時代後期〜末期にかけて朝儀再興・祭祀の重視を特徴とする相沢正志斎の『新論』が現れることで、現在の靖国に通じる「天祖の神勅」を奉じる天皇を君主として仰ぐ国体概念のプロットが出来上がるというのだ。

 そのように定義づけられる国体概念だからこそ、そうした神の意を奉じる天皇の軍隊(=皇軍)は「まつろわぬ」敵を「賊」と認定し、懲罰の対象とする。従って、そこから導出される結果、靖国皇軍に刃向かう「賊」を祀る対象とはしないのである(西郷隆盛など)。
 つまり靖国とは天皇のために戦ったものたちの英霊を祀る施設であって、国のために戦ったものたちを祀る施設ではない。

 この構図は、幕府に対して抵抗し、明治新政府を樹立するという事実を通じて、「勝てば官軍」→官軍ならば必ず正しいし勝利するという図式になるだろう。現に、戊辰戦争から始まり日清、日露、第一次世界大戦と日本が参加する戦争は全て勝利を収めてきたのである。そして、大日本帝国憲法体制下では「天皇=日本」であったから、この問題は顕在化してこなかった。まさに、皇軍=常勝=正義の関係である。
 
 しかし、アジア太平洋戦争においてこの図式は崩壊する。現在、靖国をとりまく問題はこうした一連の「靖国史観」が1945年の8月15日でストップしたままであることに原因がある。

 ことほどさように靖国にまつわる国体概念や、英霊概念、あるいは維新というその言葉が日本固有の言葉ないし思想・概念ではなく、儒教をその根拠としていることを本書で著者は証明を試みている。そしてその試みは新書という制限もあって、詳細には議論を詰めるところまでは論じられていないが、充分成功しているだろう。

 ただし、筆者が後書きで述べているように

 「理」を持ち出して説かれても痛みを感じないところに、国体主義者の偉大さがある。祭政一致は人の感情面に重きを置くがゆえに理性(=「理」)よりも強い。なにかというと理に頼ろうとする朱子学への違和感から、祖徠学が祭礼の意義を強調し、それが後期水戸学に流れ込んだのは、それはそれであたっているのだ。

 著者はこの史観を相対化させたく、本書を著したという。
 靖国を国内問題として捉えている本書は、今までにないタイプの本ゆえに、興味のある人は一読されることをオススメする。

オススメ度→★★★★★

 追記ながら、筑摩書房HPには小島氏による後日談というか後書きの後書きみたいなのが載ってます。
 興味があればぜひ、どーぞ。
■「明治維新」を踏みしだく―小島 毅
http://www.chikumashobo.co.jp/pr_chikuma/0705/070508.jsp