あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

違うだろうよ

【大学受験に資格試験 高校必修科目対象 教育再生会議が素案】
東京新聞 2007年11月19日 朝刊
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007111902065457.html

 必要な学力に到達していない生徒がいれば、入学させなければいいだろうに。それすらできない大学はご退場願えばいいだろう。
 AO入試も、入試科目の削減も少子化から受験者数の減少に頭を悩ます大学側が受験生確保のために反則的に打ち出した入試制度でしかないのではないか。別に受験生が入試科目を減らしてくれとデモでも請願でもやって成立した制度ではない。

 もっとも、当時の文部省が後先考えずにどんどん新設大学に設置認可を出してしまったことも一因ではある。ただ、大人たちの尻ぬぐいを生徒にさせるという発想は大人たちのご都合主義以外の何者でもない。生徒にとってはいい迷惑だろうが。
 資格試験をするとなれば、相応の準備が必要になるし、なによりも時間と資金というコストがかかる。そんなものに使う予算があるのなら、教育内容の充実に回せばいいだろう。
 毎回思うのだけれど、教育再生会議の方々は単なる思いつきで、あたかも居酒屋で話しているとしか思えないような「思いつき」ばかり話している。

 そもそも、しっかりとした基礎学力を身につけてほしいのであれば、高校段階できちんと成績を出すようにすればいいのであって、学力が足りないのであればちゃんと補修なり留年なりすればいいのだ。(管理人も数学赤点で必死に追試の勉強したし。自慢になってないけど)


【多忙、管理業務ストレス? 教頭→教諭が大半 先生の希望降格、最多84人】
東京新聞 2007年11月19日 夕刊
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007111902065589.html

 何でここ最近忙しいんだろう。
 というのは実際、教壇に立つ先生方共通の感想らしい。ここ最近、というのはここ数年ということだということだ。もっとも、一般企業と比べて残業時間が少なく感じるのは、大概、先生方は仕事を家に持ち帰ってしまうので、学校に残ってないだけの話だろう。採点や教材作りは企業と違って「社外持ち出し厳禁」というものではないので、持って帰っちゃうわけだ。
 本業のほかに部活指導している人はずいぶん遅くまで残っていることになる。

 そんな教員の勤務状況の間接的な裏付けになりそうな、データとしてはこーいうのがありますよ的な記事。
 
 もう何回も書いているけれど、社会が多元化して価値観も多様化しているのに、相変わらず教育方法は明治の頃と変わらないままだ。
 同一年齢、同一学年、同一授業…といったコメニウス的教育法が果たして今日の社会状況の中でどこまで有効か、という議論が残念ながら教育界でしかなされていないような気がする。(教育界でのそうした議論とは反対に、「文教族議員」の教育に対する理解の浅さのギャップはどう説明すればいいのか)
 「それにもかかわらず」教育に期待されることはかつてなく膨大になっている。仕事量が増えるのであれば、通常、スタッフの増員やら予算の増額が「フツーの会社」なら行われるハズである。でないと、それまでの業務のクオリティが低下してしまうからである。

 学校も、教育もドラえもんじゃないんだから「みんなみんな適えてくれる」ワケではない。
 いい加減、のび太くんから卒業したらいいのに。