あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

新自由主義―その歴史的展開と現在

新自由主義―その歴史的展開と現在

新自由主義―その歴史的展開と現在

 今度、格差問題についての講演会がある関係で、今までの本をひっくり返して読み返し&積読状態にあった本を手に取ってみる。読んだまま感想書いてない本もかなりあるし。

 さて、著者であるデヴィッド・ハーヴェイはイギリス生まれの地理学者(経済地理学)。
 オックスフォード大学教授を経て、2007年現在ニューヨーク市立大学教授。

 そうした経歴を持つハーヴェイが文字通り、新自由主義の歴史的展開について考察したモノが本書である。と、いうより経済地理学ではこのあたりまでトレースするのか…と思うと、政治思想研究者は少なくとも深みにおいてはコレを超える仕事をしなければならないから大変だろうな、とも思ってしまうのは確か。

 本書においてハーヴェイは新自由主義は「強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利がもっとも増大すると主張する政治経済的実践の理論である」(本書p.10)と定義する。
 その上で、1970年代以降、民営化、規制緩和といった現象、つまりは新自由主義化が進展したという。それは第二次大戦後、主流になったケインズ主義的経済政策とそうした考えに立脚する福祉国家の行き詰まりに対する対抗軸として登場してきたのだと考えるのである。しかし、この事例に当てはまるのはアメリカを含めた西欧諸国にとどまるのであり、途上国にはまた別の要因から新自由主義が進展したという。
 途上国(ここでの途上国は主にラテンアメリカ)で新自由主義が進展した理由は開発独裁に代わる資本獲得の方法として新自由主義が導入されたのである。

 にもかかわらず、新自由主義に見られる共通した特徴は社会の中に登場してきた新興富裕層(株主であったり会社経営者など)の支持を取り付けると共に、そうした富裕層の政治的優位性を確立する、つまり政治学で言うところの「エリート主義」(例えばC.W.ミルズのパワーエリート)の肯定を意図したモノである。

 さらに、従来の社会的枠組みの中で合意を得ていた「自由」と「公正」(正義と置き換えても良い)からその両者の分断を図ったモノであるともいう。
 そして繰り返しになるが、新自由主義とは上記に挙げた一連の内容をもった「実践の理論」である、というところが肝心なのである。だから、この理論は(エリート層における)経済的原則と政治的・経済的利益が衝突した場合、原則を曲げることなど躊躇しない。それがラテンアメリカで起こった経済危機(アルゼンチン)や東南アジア通貨危機を招いた原因である。
 このような前提に立って、イギリス、アメリカといった新自由主義がまさに産声を上げた国における経済的状況を概観した後、メキシコ、アルゼンチン、韓国、スウェーデン、中国についてそれぞれ論じるのが本書の大まかな構成と言っていいだろう。


 本書の特長は、新自由主義というハッキリしない思想に対する一つの統一的な解釈を提供していると言うことである。実のところ、新自由主義という言葉が一般に流布されているほどに政治思想の中では決定的な研究書が出ていない現状においては本書の存在が一つのメルクマーク(目印)になることは疑いない。
 もちろん、政治史思想史的に見た場合、新自由主義というのはどのように考えられるか、といったことについて、本書では不十分である。しかし、各国における新自由主義成立の状況を地理学的な観点から実に良くまとめ上げているといえる。

 本書で述べられていること、とりわけ、イギリスやアメリカの政治的・社会的・経済的状況が新自由主義を生み出したということは既に多く知られているところであるし、先行研究の類も多い。ただ、こうした研究は逆に専門的になりすぎてしまっていて最初に取りかかるのも難である。それを考えると、包括的に新自由主義を論じた本書の価値は極めて高い。それなりにこの手の文章を読む「脚力」が備わっているヒトにとってはまず第一に読むべき本であるといえるだろう。

パワー・エリート 上 (UP選書 28)

パワー・エリート 上 (UP選書 28)

 ミルズの主張はそれぞれの分野におけるエリートによって政治的な意志決定が事実的に行われてしまうということであり、厳密に言うと、ハーヴェイの主張とはかなりずれるところがある。(これでいえば政治的意志決定をするエリートはかつてより存在したということになるので。)
 とはいえ、従来のパワーエリートに代わって(全てが取って代わる必要もないのだが)新興富裕層においてパワーエリートが新自由主義の支持基盤になったと考えるならば、それはそれで有効であると思う。
アメリカの保守とリベラル (講談社学術文庫)

アメリカの保守とリベラル (講談社学術文庫)

 ここでは3たび登場した佐々木毅アメリカの保守とリベラルであるけれど、アメリカにおけるこの二つの政治思潮を政治思想史的にアプローチしたモノの中ではやはり筆頭にあげられるのではないか。この本において言及されているのはネオリベラルの登場あたりまでで、フランシス=フクヤマあたりになる。
 現在絶版のハズ?だけど、結構book offなんかで見かけるので、気づいたら買うと良いかも。