あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

東京都交響楽団 第666回定期演奏会

東京都交響楽団 第666回定期演奏会
2008/09/25 会場:東京文化会館

指揮:マーク・ストリンガー
ヴァイオリン:オーギュスタン・デュメイ

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61
ブルックナー交響曲第6番 イ長調 (ハース版)

 7月は定期がなかったので、約3ヶ月ぶりの都響定期演奏会
 世界的に有名なデュメイをソリストに迎えてのコンサートである。

 デュメイは管理人の想像以上にデカく、まずそこに驚いた。けれど、ただデカいだけじゃなくて肩幅がある体つきなので、単に日本人の体が大きいヒトとは本質的に骨格が違うんだなぁ、と思った。
 そういえば、シゲティも腕が長くて、本人はそれがヴァイオリンを弾く上での悩みだった、なんてどこかの本に書いてあったけど。

 指揮者のストリンガーはプログラムを見ると、まだ40代半ばなんだけれど、前頭部から頭頂にかけて毛が薄くなっており、さらに白髪になっているため遠くから見ると60代の老人のような風貌だ。しかし、指揮姿はまさに伸びたり縮んだりする「まだ40代」の動きそのものだった。


 前プロのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は遅めのテンポで、特にバスを強調した伴奏によって始まった。ティンパニの力の入れようからして「なんか時代がかってるな」と思ってしまう。それから長い提示部が挟まって、ヴァイオリン・ソロが始まる。
 ひとことで言えば「デュメイ、凄く上手いなぁ…」と呆気にとられる感じ。しみじみと弦が美しい、というような音ではないんだけれど、テクニックが凄く上手くて、楽器を自分のカラダの一部のように扱っていた。
 それは、先にも書いたようにデュメイの体格も影響しているのかもしれない。今までにも何人かのヴァイオリン協奏曲を聴いたけれど、体の大きなヴァイオリニストの演奏って、なんか共通点があるような気がする。以前、ホアン・モンラを聴いたときも、その確かな技巧と共に、長身から生み出されるダイナミズムに感心したけれど、今回もそれと同じ印象。そうしたダイナミズムを軽々とやってのけるのがこれまた凄い。そのへんが女流ヴァイオリニストとは違うなぁ、と。


 後半のブルックナーの6番は久々の生で聴く演奏。プログラムによると、今回の演奏はブルックナー指揮者と言われたヨッフムボウイングに従っているのだとか。と、いうことは、ヨッフムのスコアはバンベルク響のライブラリーとか大学図書館に保存されているのかな。それともヨッフム家(?)までスコアを覗きにいったんだろうか。
 そうした甲斐もあってか、オケはCDで聴くヨッフム的な響きをしていた。中高音が豊かに響く、とでも言うのだろうか。ピラミッド型にバスがしっかり響く音と言うよりも、主旋律、伴奏、としっかりとパートごとの交通整理しているので見通しの良い音楽になっている。まさにピアノで作曲したブルックナー。だからオルガン的な内声部の重なり合う響きでは全くない。
 
 演奏は、よく言えば「後期ロマン派のブルックナー」。悪く言うと「外連味溢れるブルックナー」だった。なんだか、聴いていて何度も「こりゃブルックナーのお化けだ」なんてワケの分からないことを思ってしまうくらいだもんな。6番ではこういう解釈もあり、というヒトもいるかもしれないが、管理人個人の嗜好からするとやり過ぎである。
 各パートの交通整理をするから、厚みに欠ける響きになるし、テンポは変動するし、ピアニシモは強調するし、ブルックナーを聴きながらブルックナーを聴いてないような印象だった。だから、安心してブルックナーの音楽に浸ると言うより、なによりこの曲が良い曲だとは思わない。飯守泰次郎の6番を聴いたときは、聴き終わったあとに興奮すら覚えたのを比べると大きな違いだ。
 とはいえ、この曲の第2楽章のアダージョは、そうした後期ロマン派的なアプローチが功を奏して、非常に美しい時間が流れていた。(このときは良い曲だなーと)

ブルックナー:交響曲第6番

ブルックナー:交響曲第6番

6番に関して言うと、アイヒホルンが1stチョイス。すべてにおいて過不足なく、ブルックナーを堪能できる名演だと思う。ちょっと音がこもり気味な感じもするけど、やっぱり2ndチョイスは朝比奈で(笑い)。SACDになってどれだけクリアになったのか気になるところ。いつものとーりの朝比奈サウンドがここでも健在。
ブルックナー:交響曲第6番

ブルックナー:交響曲第6番

きめが細かいのがヴァントの演奏。その分、スケール感は減退しちゃっているけど。これをもっとやり過ぎると、スクロヴァチェフスキーみたいになってしまう。(6番に関する限りスクロヴァチェフスキーはやり過ぎていて好きじゃない)