あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

このところの第九。

 モントゥー以降の第九。
 今のところ着々と1日1枚ずつ聴いている。毎年のこととはいえ、日記っぽく記録を書くのも面白いかも。以下聴いた順に書いてみる。

ベートーヴェン:交響曲第9番

ベートーヴェン:交響曲第9番

 トスカニーニ盤は、NBC響との2度目の録音。覇気の点で39年盤の方が勝ると言うが、第九は合唱がつくから、いささか録音が古いと厳しいものがある。ピリオド奏法全盛な感じもするが、こーいうハッキリとした意志を持つ演奏を聴くと、ピリオド奏法なんて束になっても敵わないと思う。
 第一楽章冒頭の弦の刻みを宇宙の法則と捉えるか、生命誕生の混沌と捉えるか、みたいなことを福島恭章は書いていたが、トスカニーニはもちろん前者であろう。
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

 そこまで言ってピリオドを貶しておいて、ラトル盤を翌日に聴くから、まったく根性が捻くれていると言っても間違いではないかも(笑)。ただ、それを声高に主張する、といいよりも、ウィーン・フィルの力もあって、それほど前衛的な感じは受けない。ただし、ところどころ仰け反ってしまうような箇所はあるけれどね。
ベートーヴェン:交響曲第9番

ベートーヴェン:交響曲第9番

 さらに穏当にすると、ジンマンになる。
 ジンマンは古典派の枠を踏み外さない。ただ、ベートーヴェン曲に反映される意志のようなものがところどころ垣間見られる。その点で言うと、トスカニーニを穏当にしたものとも言えなくもない。曲の目指すべき方向性が近いと言うべきだろうか。
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」@山田一雄/京都市so.□秋山恵美子(S)荒道子(A)他

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」@山田一雄/京都市so.□秋山恵美子(S)荒道子(A)他

 そうして、ピリオド奏法を2日続きで聴いたから、再びかつてのスタイルに戻る。
 山田一雄の京都so.との演奏。ヤマカズの第九は京都so.の他に新星日響と札幌so.があるけれど、演奏自体は一番練られているような印象。相変わらず(?)弦の分離は悪く、ダンゴ化したようなオケの響き。もっともコレは、そーいった指揮者の志向性もあるため録音のせいにも出来ないけれど。
 ただ、このあたりリマスタリングで何とかならなかったのかなぁ、と思うのは確か。
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

 かつての愛聴盤はこのバーンスタイン盤。
 フルトヴェングラーを小振りにして、現代的な感性を加えて、さらに、精神性よりも情熱を加えたような演奏。久しぶりに聴いて「なんてテンションの高い演奏だ」と認識を新たにした。聴き手の管理人が歳食ったからか、その手の演奏から遠ざかっているからかは定かでない。ともかくエネルギッシュ。
ベートーヴェン 交響曲全集

ベートーヴェン 交響曲全集

 それでもって、今日は朝比奈盤。実はトップバッターはモントゥーではなく、朝比奈&N響の演奏で、今日は新日本フィルとの最初のチクルスから。このところ「我の強い」演奏ばっかりだったから、久しぶりにアクの少ない演奏を聴いて安心する。なんか、こないだのレコード芸術宇野功芳が語ったことと図らずも同じになってしまったが…。つまるところ、没個性的ではないんだよね。こーいう演奏するの朝比奈しかいないし。
 でも第一楽章の出来は、N響の方が良い。というよりオケの力量の差のような気もするが…。