あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

ベーシック・インカム入門

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

 プラクティカルではなく、もっと基礎的な。『ベーシック・インカム入門』

 ついに新書版でベーシックインカムに関する本が出た。著者は同志社大経済学部専任教員。社会政策や福祉国家を研究している専門家である。そのような著者によるベーシックインカムについての入門書だから、ルポタージュ風の表面的な事実関係のトレースに終始するのではなく、なぜベーシックインカムが生まれたのか、という「そもそも論」から話を説き起こしていて非常に分かりやすいし、説得力のある一冊となっている。

 ベーシックインカムという言葉が分からないヒトのために簡単に紹介すると、国民一人ひとりに等しく最低限必要な生活費を支給するシステム、と考えればいいだろう。つまり社会福祉に関係する話なのである。
 現在の日本でも社会福祉制度はそれなりに確立しているし、ある程度機能していると言えるだろう。例えば、生活保護所得税基礎控除国民年金などだ。
 ただ、こうしたシステム、とりわけ生活補助は個別に審査され(「ミーンズテスト」と呼ばれる)、支給されるヒト・されないヒトという選別が行われてしまう。また、支給されたとしても「自分は福祉の受給者である」という恥辱感が拭えない。そうした社会の「セーフティ・ネットの新たな形態として」ベーシックインカムがある。
 
 ベーシックインカムアメリカやイタリア、イギリスなどではすでに1970年代から要求運動があり、その主な担い手は女性であった。つまり、運動の根本には「家事労働に対する報酬」という側面があった。それは性別役割分業の変革を促すフェミニズム運動などとも親和性があったことは当然である。
 実際「賃金労働」は賃金報酬の対象となるが、そうしたマルクス的に言えば「労働力の再生産のための労働」へ賃金が支払われることはない。しかし、そうした家事労働全般を仮に「商品労働化」すれば、当然のことながらそれは相応の賃金を支払わねばならない(たとえば家政婦を雇う、といったように)。ただし、全ての家庭において家事労働をアウトソーシングするわけにはいかないから、家事労働は主に主婦が担うことになる。そうすると、実際は賃金報酬が支払われなければならないはずなのにも関わらず、それがなおざりになっている、というのが彼女たちの主張である。だからそうした状態にある家事労働へ報酬を支払うのがベーシックインカムになる、わけなのだ。

 こうしたベーシックインカムだが、この発想はつい最近のモノではない。思想史的には古く、すでに「権利としての福祉」として200年ほど前にペインらによって唱えられていたという。時代は下るが、ケインズ社会福祉の形態としてベーシックインカム型のモデルと社会保険料モデルとで比較した上で、前者の理論的優位性を認めていたらしい。

 ベーシックインカムを充実させると人々は勤労意欲を失うだろう、という批判は相変わらず存在するだろうし、著者の見解に反して管理人もそうした一面は否定できないと思う。さらに、こうしたシステムは現在の日本の福祉体制を根本的に変革してしまうために実現可能性としては低いかもしれない。しかし、既存の税制を変更することによって、そのいくらかは実行することは出来るだろう。(たえば、フリードマンの唱える「負の所得税」構想と民主党の唱える所得税基礎控除への不足分の給付との親和性はここでは大きい)

 とにかく「無条件給付の基本所得」というベーシックインカム、というものについて無知から来る見当外れの批判や、ベーシックインカムが提起する既存の福祉国家の問題点への関心の欠如というのがあるこの社会の情勢にあって、福祉問題や労働問題、女性問題など考え直す上での必読書であるように思う。