あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

【読書メモ】「戦争体験」の戦後史 Part2

 戦前世代を戦中派が批判したように、戦争体験を内在化させ、深く思想化していこうとする安田ら戦中派の議論に対して、戦後世代から違和感が出てくるのはやむを得ないところだったのだろうか。安易な共感や、他者による解釈を拒否する戦中派の戦争体験論は、一面では戦後世代との戦争体験のコミュニケーションを拒否することに繋がる。
 ここでは戦争体験が戦前世代の教養と同じ重さを持って、戦後世代や無線世代に立ちはだかる。むろん、戦中派にはそのような意図は無かったのだろうが、戦争体験の継承が困難さからその体験の思想化という深化を選んだ戦中派に対して、ベトナム戦争への日本の荷担、ということを現下の問題としていた当時の社会状況にあっては、あの犠牲はいったい何なのか?という問の前にして、戦中派の態度は何とも煮え切らない態度に映ったのであろう。
 また、戦中派の被害意識の強調という観点も存在する。もっとも、これは年少世代による戦中派への批判のための批判のような側面も存在するために、判断は難しい(しかし、そういう議論をメタレベルで持ち出した事実そのものが重要だ)。戦中派が自らの戦争体験の中に加害意識を持っていなかった、というワケではない。ただ、自身の体験に存在する幾重もの被害と加害の側面を突き詰めていった場合、年少世代や戦無派ほどの議論の明快さ・単純化は彼ら戦中派には困難だったのである。
 安易な伝承は戦中派世代の「多くの死」が持ちうる可能性そのものを無にしてしまいかねない。だから安田は現在の政治課題に戦争体験論や彼らの多くの戦中派の死を流用させることに徹底的に抗ったのである。
 こうした戦中派と戦後派、無戦派の対向関係にあるなか、戦後派(戦時中は少年だった世代)の小田実はその両者を架橋しうる視点で語っている。小田がアメリカで見た大阪大空襲の航空写真から、自らが被害者であると同時に、時と場所が異なれば、自らもまた同じように他者に対して銃口を向けることがあったかもしれないという、「気づき」である。(『「難死」の思想』)「小田は戦争体験における「被害」と「加害」の絡み合いに注目し、その延長線上にベトナム反戦運動を位置づけていた。そして、それは、戦場体験を持たない世代が、戦争体験と「加害」の問題を「自己の問い」として捉え返す道筋を示唆するものでもあった」のである。
 だが、小田のような着眼点は当時、ごく限られたものでしかなかった。だから戦争体験の継承と断絶との決定的な瞬間が、立命館大学に建てられた「わだつみ像」の破壊事件へと繋がる。全学連系の学生によるわだつみ像の破壊は当時の学生たちが、わだつみ像、戦中派、ならびに進歩的知識人たちの「戦後民主主義」の象徴を見て取ったからである。ここで、全共闘世代からの「教養と反戦の接合」が粉砕されることになる。「すでに教養は学生にとっての憧憬の対象ではなく、むしろ、自分たちを抑圧するものであった」のだ。

 そうした事態に第二次わだつみ会自身も分裂する。先に挙げたような対立構造をわだつみ会内部でもまた同じように抱えることになった。ただ、この分裂も進歩的知識人たちの内部による権力闘争、のような短絡化は間違っている。戦争体験は継承しうるのか、伝承する(戦中派)側のスタンスはどのようにあるべきか、という彼らにとって譲れない一線をめぐる対立なのである。

 そうして、第三次わだつみ会が始まる。このときに番頭役として活躍したのが農民兵として戦艦武蔵に乗り込み、奇跡的に生き残った渡辺清の存在であろう。「インテリ」の学徒兵を母体とするわだつみ会にあって、尋常小学校→農民兵という出自の渡辺清の姿勢や思想はわだつみ会のウィングを広げることに役だった。そして、このころ行われた昭和天皇のヨーロッパ訪問を契機にして天皇の戦争責任という加害の側面にも注目されることになる。
 そこには軍国少年として育ち、終戦のその時まで天皇への忠誠を誓った渡辺自身の思索の跡でもあるだろう。渡辺は自らが「騙された」と説明し、免罪すること拒絶し、自らの「騙された責任」を徹底して掘り下げていったのである。

 こうしてみると、繰り返しの結論になるが、それぞれの世代が持つ「戦争体験」が、彼らの現実社会へのスタンスと多分に重なり合う。その中で戦中派のもつ「戦争体験や死の語らい難さ」への徹底したこだわりや、それゆえにいかなる政治的言説に利用される(それが平和運動でさえも)ことを拒否してきたその思考の軌跡を追いかけることで、実はわれわれが現在直面する戦争の継承という困難な作業へのひとつの手がかりがつかめるのではないかと思う。

戦争体験―1970年への遺書

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「難死」の思想 (岩波現代文庫)

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砕かれた神―ある復員兵の手記 (岩波現代文庫)

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