あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

施策と矛盾 石原発言

2010年12月21日の東京新聞特報欄より

施策と矛盾 石原発

東京都の青少年健全育成条例問題の渦中に発せられた石原慎太郎知事の「同性愛者への蔑視発言」が議論を呼んでいる。発言は同性愛者への差別撤廃も掲げていたとの人権週間の最中に飛び出した。さらにとの姉妹都市には、同性愛者であることをカミングアウトしている首長たちもいる。トップの姿勢と施策の「二重基準」が浮き彫りになったかたちだ。

人権週間に同性愛者蔑視

 問題発言は今月三日と七日にでた。三日は「テレビにも同性愛者が平気で出てる。日本は野放図になりすぎている」、七日には「(同性愛者は)どこか足りない幹事がする、遺伝のせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と語った。
 この発言に対し、テレビコラムニストのマツコ・デラックスさんが批判。NPO法人LGBT(静的少数者)の家族と友人をつなぐ会」などが抗議文を発表した。
 一連の発言時期は四日からの「世界人権デー」の十日までを啓発期間とする「人権週間」とほぼ重なった。都では今年、「静的志向を理由とする差別をなくそう」「性同一性障害を理由とする差別をなくそう」など十六項目を活動強調事項に掲げ、差別撤廃をPRする活動を展開していた。
 その活動に冷や水を浴びせかけるかのような主張の発言を行政の現場はどうとらえたのか。都人権施策推進課の担当者は「人権啓発は従来通り、静的志向にも理解を求めてきた。知事が政治家として発言したことを事務方がコメントできるものではない」と極めて歯切れが悪い。ちなみになのかの知事発言以降、同課にはメールや電話で十数件の抗議があったという。
 一方、都は世界の十一都市と「姉妹友好都市」を締結している。このうち、パリのベルトラン・ドラノエ市長とベルリンのクラウス・ウォーウェライト市長は、共に同性愛者であることを公言している。中朝ではないが、ニューヨークのクリスティン・クイン市議会議長も同様で、同性愛者らのパレードにも参加したこともある。
 姉妹都市に対してあまりに無礼では、と都外務課に聞くと、担当者は「これまで各都市からは何の申し入れもない。知事発言は一般論を述べたもので、友好都市の首長らを指したとは考えていない」と何とも苦しげな対応だった。
 石原知事による数々の発言はこれまでも物議を醸してきた。二〇〇〇年四月には陸上自衛隊の記念式典で「不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している」、〇一年十一月には雑誌のインタビュー中、学者の見解を引用する形で「文明がもたらした最もあしき有害なものはババアなんだそうだ」と語っている。
 人材育成コンサルタント辛淑玉氏は「彼は差別的意識が体質的に染みこんでいるのでしょう。本来、政治家の役割は弱者救済。しかし、彼は一度も弱者側で生きてきた経験がないから、発言を批判されても意味を理解できない」と指摘する。
 しかし、政治的な“確信犯”とも。ここに辛さんは危機感を抱く。
 「差別意識に採った発言をすれば、一定の人々に受けることも計算してやっている。人間の多様性を受け止められない狭量さと差別意識は表裏一体。差別することで快感を得る人が増えているとすれば、極めて危険だ」

 石原の暴言は留まるところを知らない。

石原慎太郎暴言データ集
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/ishihara/data/index.htm

 すでに、ご丁寧にデータベース化している方も居るけれど、今年に入ってからですら「定住外国人に選挙権を付与しようとする政治家は帰化した子孫」であるといい、「マンガ家は卑しい仕事」という快調に暴言製造マシーンぶりを発揮している。
 テレビなどでは総理大臣の発言がブレているとか、党内の対立が、といって煽り立ててはいるが、それよりはるかに重要な、人権を不当に侵害し、本当に問題のあるところのこれらの暴言は新聞やインターネットニュースで僅かに取り上げられる他、皆目見当たらない。

 もっとも、石原慎太郎という人間はそれこそ辛淑玉のいうように政治家としてスタートした時点で既に「差別的意識が体質的に染みこんで」いたのだ。有権者はそれを芥川賞作家である石原慎太郎、あるいは裕次郎の兄というだけで支持してきた。自分たちが「文明の生んだあしき有害なものはババア」と見られていたり、「卑しい仕事」による作品の読者と、内心で蔑視されていたのも分からずに。

 恐らく、80年近く生きてきた石原に、今さら考えを変えろというのは無理な話であろう。だからといって、そういう発言を放置したままにしておいて良い、というワケでは決してない。
 ただ、実際の「政治」におけるストラテジーとしては、単純に反対声明を出すだけは不十分で、石原を「差別発言垂れ流しのただの隠居ジジイ」にする、政治的にも社会的にも「過去の人」にするほかないのではないか。また、それと同時に「前任者(=石原)の方針と発言は全面的にまちがってました」というような良識有る人間を都知事に据える流れを作っていかないとダメなんだろう。

 東京都アニメフェアは大手出版社の不参加により、開催そのものが危ぶまれている。
 その意味で今の段階で単純な「アンチ石原」の流れと「人権擁護」を上手い具合で合流できないものか、とは思う。