あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

彩の国シェイクスピア・シリーズ第28弾『ヴェニスの商人』

演出: 蜷川幸雄
作: W.シェイクスピア
翻訳: 松岡和子
出演: 市川猿之助中村倫也横田栄司大野拓朗、間宮啓行、石井愃一高橋克実、青山達三、手塚秀彰、木村靖司、大川ヒロキ、岡田 正、清家栄一、新川將人、鈴木 豊、市川段一郎、鈴木彰紀、隼太、坂辺一海(さいたまネクスト・シアター)

あらすじ
 舞台は貿易都市ヴェニス。ある日、貿易商を営む裕福な紳士アントーニオ(郄橋克実)のもとに、年下の親友バサーニオ(横田栄司)が借金の申込にやってくる。彼は才色兼備で大富豪の令嬢であるポーシャ(中村倫也)にプロポーズをしようとしており、そのための元手をアントーニオに頼ってきたのだ。生憎と全財産が海を渡る船の上にあったアントーニオは、自らを保証人として借金をするよう、バサーニオに勧める。ところがバサーニオが借金を申し込んだのは、よりによってアントーニオの天敵とも言うべき、高利貸のシャイロック市川猿之助)だった――。

 今回のシェイクスピアは個人的に待ちに待った「ヴェニスの商人」だった。意外なことに蜷川幸雄ヴェニスの商人を取り上げるのは初めてらしい。今回は全キャストが男性という「オール・メールシリーズ」でもある。

 日経新聞などでも取り上げられているがこの芝居は市川猿之助が圧巻だった。プログラムに蜷川幸雄のインタビューが載っていたが正統的な芝居に歌舞伎の芝居をぶつけることでシャイロックが際立っている。でも際立つと言うよりも圧倒的な存在感。やっぱり圧巻なんだよね。郄橋克実も上手いハズなんだけれど、市川猿之助の存在感が傑出してしまって霞んで見えてしまうくらいだ。
 セリフの読み方からして歌舞伎なのだ。母音にところどころ抑揚を付けつつ、所作も歌舞伎のそれを使って魅せる。「じゃじゃ馬ならし」の時はところどころでそれを効果的に使っていたが、今回はユダヤ人商人・シャイロック。この作品における「異形」のキャラクターだから思う存分にやりまくっていた感が強かった。
 蜷川幸雄の考えもあるのだろうが、この物語にあるユダヤ人差別は思った以上に強くない。それよりもパンフレットにあるように異質な他者(シャイロック)への「仲間外れ感」とそもそもシャイロックがもつ「ケチぶり」が前面に出ている。まさに「クリスマス・キャロル」に出てくるスクルージだ。スクルージの場合は改心してハッピーエンドだけれど、シャイロックは恭順したようにみせ、最後はギリギリのところで自ら依って立ってきた生き方を否定しない。そこにあるのは人間の強さである。
 「武士の一分」ならぬ言ってみれば「シャイロックの一分」なのだ。

 あまりにもインパクトが強すぎたので後は気がついたところを。
 アントニーオ・郄橋克実はカツラをかぶっていたので、最初一瞬誰か分からなかった(笑い)。いい人なんだけれど、なんか「いやらしい」アントニーオができあがっている。ちょうど今やっている「八重の桜」の新島襄とは違うんだよね。キリスト教信仰を持ち出したりするんだけれど、善人設定のクセして、善人を演じているのに、善人に見えないというのはどういうことか。そのあたりがさすがシェイクスピア。ということなんだろうな。
 パサーニオ・横田栄司は中年オヤジの熱気が漂うパサーニオである。でも凛々しくカッコイイ。男性的な健康さだ。
 それに対するポーシャ・中村倫也は可憐さがあって驚いた。月川悠貴のビアンカ(「じゃじゃ馬ならし」)、クレシダ(「トロイラスとクレシダ」)は色気があったが、またそれとは方向は違うんだけれど完成度が高かった。と、ここまで描いてみながら思ったけれど、多分、中村の可憐さは少女マンガチックな可憐さなんだと思う。我々が想像上の「可憐さ」を表現するとああなる,みたいな感じの。見ていてほほえましいというか、初心ですなーというか。
 それはともあれ、凄く声がイイ。ポーシャが法学博士に扮するときの声が実に気持ちよいのだ。まだ若いというのもあるけれど、このシェイクスピアシリーズで聞いた若手俳優の中でもピカイチじゃなかろうか。
 
 忘れないように、ついでながら。
 今回は場面転換が多かったけれど、舞台を奥に広げてみせるのではなく、建物のセットを上手く出入りすることで場面転換を図っていた。その際の暗転に音楽を使っていたのが極めて印象に残った。