あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

インビクタス‐負けざる者たち‐

 週末に見た映画のハナシ。
 上映に先立ったCMで戸田奈津子が、自分が見た映画の感想を簡単なメモでもイイからつけておけばよかった…なんて語っていた。もちろん、CMなんで、そのあとにシネマダイアリーの宣伝に移ったんだけど、そこでの指摘は確かに「さもありなん」だろうね。

 とはいえ、ノートつけるのを面倒くさがってしまうので、ここに感想を書いてみる。
 毎月1本の映画。第2弾。

 紹介文は↓

「反アパルトヘイト運動により反逆罪として逮捕され27年を監獄で過ごしたネルソン・マンデラモーガン・フリーマン)は、釈放後の1994年、遂に南アフリカ共和国初の黒人大統領となる。だが彼は、国民の間に人種差別と経済格差がいまだに残されていることを痛感する。そんな中、スポーツという世界共通言語で国民の意識を変えることができると信じるマンデラは、弱小だった南アフリカ代表ラグビーチームの再建を決意。翌年に自国で開催するラグビー・ワールドカップに向け、マンデラチームキャプテンのフランソワ・ピナール(マット・デイモン)は、互いに協力していくことを誓う……。」

  南アフリカは「アパルトヘイト」と呼ばれる人種隔離政策が半世紀近くにわたって採用されていた。少数の白人と大多数の原住民(黒人)との間には肌の色だけではなく、言語、習慣、文化など様々な違いがあった。白人は自らの支配体制を法的に正当なものとして、隔離施設留保法(公共施設には白人スペースと黒人スペースを設ける)や背徳法(白人と黒人の恋愛を禁ずる)などで「アパルトヘイト」(隔離)したのであった。

 このアパルトヘイトに対する反対運動は昔から続けられていたが、その運動に加わっていたのは弁護士でもあったネルソン・マンデラ(映画ではモーガン・フリーマンが演じる)である。政府は反アパルトヘイト運動を弾圧し、運動の指導者たちを逮捕、拘置する。マンデラ終身刑を言い渡され、以後、釈放までの27年間を監獄で過ごすことになる。(そのあたりのハナシは多分「マンデラの名も無き看守」で見られる、ハズ…観たいけど観てない)


 最初の5分くらいが印象的だった。恐らく1990年のマンデラの釈放当日の日常を描いていると思われるシーンなんだけれど、そこには黒人と白人とで、彼に対するハッキリとした認識の違いが描き出されている。そして、そのことがやっぱり、この映画の基本にあるとおもう。
 サッカーに興じる黒人少年たちはマンデラの乗った車が近くを通りがかると、一斉に近寄り、フェンス越しに「マンデラ!」と歓声をあげる。その近くでラグビーの指導を受ける白人少年は、白人コーチにいったい何が起こっているのかを尋ねる。そのときに白人コーチはマンデラのことを「テロリスト」と言うのだ。

 ここには反アパルトヘイトの闘士として黒人少年たちからも尊敬を集めるマンデラと、いったい何があったかも分からない、つまりは全く関心のない白人少年との対比、さらにはそうした反アパルトヘイト運動が「テロリズム」であると断じてしまう白人(オトナ)の深刻な溝があるように思う。


 そうした南アフリカの大統領に就任したマンデラは、今まで27年間にわたる恨みを白人にぶつけようとはしない。多くの黒人が国歌の変更やラグビーチーム(スプリングボクス)の解散を訴えるなか、それは謬りであることを多くの黒人支持者たちを前に語りかける。赦しが必要なのだと。
 新しく生まれ変わる南アフリカは人種・民族が融合する「虹の国」にならなければいけない。そのためにラグビーを通じた国民統合を図っていく。そのために、ラグビーチームのキャプテン、フランソワ・ピエール(マット・デイモン)に、その希望を託す…というのが大筋である。

 そこにイーストウッドらしく、男の友情が重なり合って、実に感動的だった。思い返してみれば、「グラン・トリノ」でも人種も年齢も違う二人(というか三人)の友情があった。この手の話を作るイーストウッドはある意味で「優等生的」な解答だけれど、しかし、それを取り巻く周囲の微妙な差別的な意識が作品に微妙に影を落として、それがこの映画を渋いモノにしているのだろう。
 
 若干補足といえば、ラグビーの基本的な仕組みを押さえていると面白い、ハズ。
 この手の競技(野球やサッカー)に全く興味のない人には、中盤以降飽きてくるかもしれない。知らなくても興味があれば、最後まで楽しく観られると思う。