あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

都響 第1038回定期演奏会 Aシリーズ

 

[出演]
指揮/大野和士
ソプラノ/砂川涼子*
メゾソプラノ/山下裕賀*
テノール/駒形貴之*
合唱/新国立劇場合唱団*
児童合唱/東京少年少女合唱隊*
[曲目]
アンドレ・プレヴィン:春遠からじ(2016)[日本初演]
ドビュッシー:管弦楽のための《映像》より「春のロンド」
ブリテン:春の交響曲 op.44 *【ブリテン没後50年記念】

 

都響定期演奏会を聴く。上野の東京文化会館はこのあと改修工事に入るので、当面お別れである。座席が柔らかくなると良いなぁと思いつつも、これ以上幅は広くはならないんだろうなぁ。チョット狭い。音楽監督としての大野和士最後の定演である。まずはプレヴィン「春遠からじ」(日本初演)。とても聴きやすく、ムード音楽というと言い過ぎだけれど、BGMというか。コンサート会場で聴くような曲かなぁ、とも思うような曲。肩の力が抜けるのも良いかもしれない。

ドビュッシー「映像」から「春のロンド」は前日の疲れがMAXで意識が飛んでしまった。

ブリテン「春の交響曲」は予習をしっかりしたので面白く聴けた。都響は結構ブリテン聴く機会が多いぞ(イギリスものに強そうな指揮者陣ではないけど)。解説にあるとおり確かにカンタータだ。声楽付きの曲はライヴだと人間の声に空間の広がりを感じられて力強く、素晴らしい。終曲後は大野和士66歳の誕生日ということで舞台上でハッピバースデーの演奏と花束贈呈。10年におよぶ音楽監督生活、ありがとうございました。コロナ禍があったけれど、音楽監督に日本人指揮者がいたおかげで都響はその間、かなり盤石だったと思う。これから定期的に登場ください。



 

東京都交響楽団 第1036回定期演奏会Aシリーズ

[出演]
指揮/エリアフ・インバル
ソプラノⅠ/ファン・スミ
ソプラノⅡ/エレノア・ライオンズ
ソプラノⅢ/隠岐彩夏
メゾソプラノⅠ/藤村実穂子
メゾソプラノⅡ/山下裕賀
テノール/マグヌス・ヴィギリウス
バリトン/ビルガー・ラッデ
バス/妻屋秀和
合唱/新国立劇場合唱団
児童合唱/東京少年少女合唱隊
[曲目]
マーラー:交響曲第8番 変ホ長調《千人の交響曲》

 都響1036回定期演奏会を聴く(東京文化会館)。

 前日90歳になったインバルによるマーラーsym.8番「千人の交響曲」を聴く。インバルでこの曲は3回目。前回は隅々までインバルの意思が行き届いた演奏だったが、今回は「エネルギーの"開放"」というような演奏だった。手垢についた表現だけれど、オケを「ドライブ」から「キャリー」をする、というかガチガチに統率しなくてもインバルの思う方向にオケが動いているような演奏だ。

 前回は2部が良かったんだけれど、今回は1部から既に涙が出そうになった。(苦笑)インバルの目指す方向にオケが行くんだけれど要所で手綱を締めることによりキッチリと意思が漲っている。そして人生の達人の域に達した指揮者による極めて肯定的な(楽天的ではない!)多幸感のある演奏だった。
 電子オルガンのマイナス面はあるものの、東京文化会館は空間も広く、分離よく良い。それにしても元気すぎる90歳。とはいえ、スローペース過ぎるチクルスなので、3年くらいで完結しても良さそうなんだが、人生集大成のチクルスにしたいのかもしれない。(本人は120歳くらいまでいくつもりなのかもだけれど)
 2026年の最高のマーラーの8番は恐らく東京であったに違いない。

 

東京都交響楽団 第1034回定期演奏会Aシリーズ

[出演]
指揮/ダニエーレ・ルスティオーニ
[曲目]
ヴェルディ:歌劇『運命の力』序曲
ヴェルディ:歌劇『マクベス』第3幕 バレエ音楽
ヴェルディ:歌劇『オテロ』第3幕 第7場 バレエ音楽
ヴェルディ:歌劇『シチリア島の夕べの祈り』序曲
ワーグナー:歌劇『リエンツィ』序曲
ワーグナー:歌劇『タンホイザー』序曲
ワーグナー:歌劇『ローエングリン』第1幕への前奏曲
ワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲

 都響&ルスティオーニを東京文化会館で聴く。
 今回はヴェルディとワーグナーの序曲集。詰め込みCDのようなプログラムだった。劇場の人でもあるルスティオーニなので良い組み合わせだと思う。
 先週のB定期も思ったが、さすがイタリア人指揮者だけあって、各パートをしっかり鳴らしながらも「歌う」ことを意識した演奏。レガートしまくり、と言うわけではないんだけれど音価いっぱいに弾ききる感じ。金管もメロディラインが聴衆にしっかりと取れるような存在感があった。

 B定期のブラームスのVn.協奏曲でもロマン主義から見たブラームスだな、と思ったけれど、今回のヴェルディとワーグナーを聴いてみるとイタリア人オペラ指揮者の目から見たブラームスなんだろうな。トスカニーニやジュリーニに聴くような音楽で、今までの都響には無いかんじが良い。良くも悪くも都響はマジメでキリッと仕上がる音が魅力なんだけれど、ややもすると堅すぎるからオケとは真逆のタイプでN響&デュトワみたいな変化をもたらしてくれるのではないかと期待している。

 やはりヴェルディが流麗な音楽でヨカッタ。ワーグナーはベームあたりの、四角くカッチリと仕上がって欲しい人からすると不満があるかも。でも「舞台の人」からすれば音楽は楽しいよね、っていうアプローチは大事。

 最後に都響の事務局の方にお願いを書いてみる。
 B定期のときにCD売っていて、欲しかったけれど、財布の手持ち的にチョット不安だから後日のA定期で、と思って来たら、今回は販売無くてションボリしてしまったので、A定期でも販売して欲しい。新宿のタワレコも売り場縮小なので貴重である。

 

東京都交響楽団 第1032回定期演奏会Bシリーズ

[出演]
指揮/ダニエーレ・ルスティオーニ
ヴァイオリン/フランチェスカ・デゴ
[曲目]
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲op.34
レスピーギ:交響詩《ローマの祭》

都響/ルスティオーニの演奏会を自分への備忘録としてコメントしたいけれど、休日連投の出勤で今も仕事が終わったばかりなので果たしてどうなることやら。
・いわゆる「ブラームス」っぽくないブラームス
・乱痴気騒ぎにしないレスピーギはさすが!
・都響はマジメだからルスティオーニは良いかも

新日本フィル第659定期演奏会「道義、ファイナル」

 井上道義新日本フィルのファイナル公演。曲はショスタコーヴィチ交響曲第7番。井上が最も共感しきった作曲家の最後に演奏する交響曲は7番なのかぁ、と感慨深く思った。P席の上にも金管木管の一部が別働隊として控えていて、さながら演劇のような舞台効果があった。

 演奏は多くの人がコメントしているので自分のメモ的な感じで残しておくと、
・1楽章のボレロのところで木管の(凄く良い意味で)気持ち悪いくらい音が重なっていて、逆に「西部戦線異状なし」みたいな恐ろしさを感じた。
・戦争経験世代や冷戦経験世代の共感や共鳴とは異なるアプローチかな、と。

・読響との5番を聴いたときも感じたけれど、純音楽的な美しさというか凄みを感じる演奏。「そう来るか!」と言う瞬間がたくさんあった。
・1,4楽章がクローズアップされてしまうが2,3楽章特にヴィオラが文学だった。
・フィナーレも咆哮しているけれど、感情の爆発ではなく、ちゃんと世界が完結

 井上の中でショスタコーヴィチの世界観が確立していて、隅々まで神経が行き届いている演奏だった。まあ、だからこそ、あの歳で引退しちゃうんだろうけれど。
ともあれ、これで自分も井上ファイナルである。個性ある演奏家が引退してしまうのは淋しいけれど聴けたことに感謝したい。

 

東京シティ・フィル 第374定期演奏会

 

 東京シティpo.定期演奏会を聴く。指揮は26年ぶりらしい小林研一郎。勝手な推測だけれど、飯守さんの枠だったんじゃないかなぁ、と思い、出かける。比較的若手の奏者が多いオケだから長老格の指揮者&情念系指揮者を客演に招くのは今後の方向性として良いと思う。次年度もあるといいんじゃないだろうか?

 元々シャーマン系とも言える指揮だったけれど、近年、拍車がかかって(師である山田一雄同様に)その指揮ぶりは作曲者に代わって曲の情念を全身を使って表現する方向に深化?している。日本フィルのように慣れていないからその辺りはハンデがあるが健闘していた。

 チャイコフスキーの4番は50分近くかかるスローテンポ(特に1、2楽章)で、まだ慣れないのか金管にかなり傷が冒頭あった。それでも小節ごとの表情づけがあり飽きることはない。3→4楽章に関しては哀しげな雰囲気さえ感じながらもパッション全開。まさかチャイコフスキーの4番で涙が出そうになるなんて!?と思ったが本当なのでしょうがない。
 6番は冒頭のファゴットからしっかり曲の雰囲気を作って良い演奏。4番もそうだが要所要所で炸裂する打楽器群がまさに「乾坤一擲」とも言える効果を生んでいる。という感じで、シティ・フィルからいつになく分厚い弦楽器の響きと情念を感じた演奏だった。なお、アンコールは6番3楽章の再現部。会場は大いに盛り上がったしよかったのだけど、せっかくの終楽章を考えると「いつもの」アンコールでしんみり終わった方が良かったのでは?

 

東京シティフィル2024年11月

 

N響 第2021回 定期公演 Cプロ

2024年10月25日 (金) 開演 7:00pm

NHKホール

曲目
シューベルト交響曲 第7番 ロ短調 D. 759「未完成」
シューベルト交響曲 第8番 ハ長調 D. 944「ザ・グレート」
指揮 : ヘルベルト・ブロムシュテット

 

 N響C定期、ブロムシュテットによるシューベルトの「未完成」と「グレイト」を聴く(というより聴けた)。先週同様、コンマスにつかまりながらオケメンバーと共に登場し、チューニングを見守ってから振る。
 「未完成」はスケールも大きく、かつ深遠な世界を覗き込むような演奏。残念なのが補聴器が外れていたのかハウリングしていたのか1楽章の大部分で相当程度、響いてしまっていたこと。FM放送するなら2日目の演奏も収録して欲しいと思った。
 「グレイト」は個人的なことをいうとブロムシュテットとは相性が良くないのでは?という予断があった。グレイトの名演はフルトヴェングラーしかり、ワルターしかりで方向性としては歌曲王・シューベルトらしい旋律が(熱量の差はあれ)浮かび上がってくる傾向にある。それでいうと、端正かつ純粋な音楽美とでもいうアプローチはヴァントもそうだけれど、ちょっと真面目すぎるかなぁ、と。1楽章冒頭のホルンのユニゾンから繊細に、室内楽的響きで始まる。ただし、そこはN響の充実した響きも相まってアンサンブルの妙を感じる演奏だった。それは第3楽章まで変わらず、である。
 ただ、4楽章はスケールが大きく、充実した響きを生んでおり、好みとしてはこの方向性で全曲を聴いてみたかったな、と思う。とはいえ、このアプローチによる最高峰的な演奏だった。