あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

臓器は「商品」か

臓器は「商品」か―移植される心 (講談社現代新書)

臓器は「商品」か―移植される心 (講談社現代新書)

 著者は島根大学教授で、現代思想生命倫理のあたりを研究しているようだ。著者は贈与論をベースにしながら、臓器が単なる商品ではなく、贈与論的な意味における「商品」として捉えている。贈与という行為はの持ち主の人格がそこにとどまり続けると言うことだ。確かに買って渡されるプレゼントより,その人が愛用しているものを贈与された方が処分に困る。にもかかわらず、臓器移植は「臓器」を交換可能な商品と同じように扱う。そこに副題にも示されたような、アイデンティティを揺るがす問題が出てくるのである。
 また、そうした臓器移植が可能になるのはそこに「同質性」が前提とされた「想像の共同体」が存在しているというB.アンダーソンの議論を参照にした考察もある(しかし、文化人類学的研究から必ずしもそれだけではない可能性をも示している)。最終章では日欧でで違いが際立っているような臓器移植をめぐる議論が、実はそれほど違いがないことなどを提示していて興味深い。本書は長らく絶版であるが、臓器移植の問題を哲学的な視点から考察した、非常に刺激的な一冊である。