辻村みよ子『比較のなかの改憲論―日本国憲法の位置』
- 作者: 辻村みよ子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2014/01/22
- メディア: 新書
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「政治の論理」に翻弄されない、熟議のために
■著者からのメッセージ
「96条先行改正論」が強まった2013年3月末以来、筆者は「比較憲法」の専門家ということで、多くの取材依頼を受けた。質問のほとんどは、「外国の憲法では憲法改正手続はどうなっているのか」など、日本と外国憲法との比較に関わる問題であった。
この間の取材で感じたメディアの関心は、次の7つの疑問にまとめられるといってよい。
1. 日本の憲法改正手続(76条)は厳格すぎるのではないか。
2. 憲法を尊重し擁護する義務(99条)を負うのは、国民か。国政の最高責任者である首相が憲法改正を主張することは、憲法違反なのか。
3. 日本国憲法は敗戦でGHQによって押し付けられたのだから、日本国民による選び直しがなければ、国民主権とはいえないのではないか。
4. 国民の義務より自由が保障されすぎていないか。
5. 家族は助け合うべきと、憲法に明記すべきなのか。
6. 非武装平和主義(9条)は非現実的なので、自衛隊をもつ現実に憲法を合わせるべきではないか。
7. 国民主権を活かすため、憲法改正の発議と国民投票による選択を多用すべきではないか。そこで、本書では、これらの疑問にひとつひとつ改めて答える形で、比較憲法的視座から、憲法改正をめぐる諸見解や諸外国の例をできるかぎり客観的に解説し、問題の本質を浮き彫りにすることをめざす。
その論点に沿って、自民党が2012年4月に公表した改憲草案やその解説(Q&A)をも比較検討し、改憲の動きの焦点が何であるかをいっそう明確にしたい。明治期以降の日本で試みられた様々な憲法草案を参照することも、比較憲法の射程を歴史的に深めるために必要と考える。* * *
平和や憲法改正のあり方について、政党や国民の間に多様な考えがあり得ることは当然であるが、いずれにしても、党利党略や特殊な「政治の論理」、時代錯誤の復興主義的思考によって主権者を翻弄することがあってはならない。とくにこれからの憲法論は、個人の人権を守るために国家が存在し、戦争こそが最大の人権侵害であることを基礎として、新時代を先取りする観点から論じることが肝要であろう。
そのために、「熟議」の時間を十分に確保することが最重要であることも、言うまでもないことである。「タカ派」政権の支持率が高い間に、「拙速」あるいは「抜き打ち的」に事が進められることだけは、何としても避けなければならない。(本書の序章・終章より)
比較憲法学が専門の著者によるそのものズバリの本である。
気になったところを箇条書きにしてみる。
国によっては3/4とか(フィリピンなど)、連邦制では国民投票に変わって3/4州の賛成とかハードルは高い。
- 世界一古い成文憲法であるアメリカが改憲18回と引き合いに出されているが、それは基本的人権規定が欠けているという事情もある。さらに、人種や性別による差別禁止規定などが憲法改正によって盛り込まれていることから、憲法改正によって人権がより充実する方向にいったとみるべきだろう。ドイツも59回改正しているがドイツの場合は統治機構に関する基本的な制度を憲法(ボン基本法)に盛り込んでいる関係で、例えばEU加盟の際に、多くを改正している。
- 憲法の「改正の限界」と憲法尊重擁護義務について。第99条に国民の憲法尊重擁護義務が明記されていない事こそが立憲主義の本質、つまり国民主権・憲法制定権力の証明なのである。為政者は権力を縛る憲法が邪魔になる事から一般にこれを改正しようとする傾向が歴史的に自明であり、ゆえに安易な憲法改正をさせない構成憲法を採用している。
- 憲法前文について。前文に自国の文化や伝統を記載する憲法は、旧社会主義国や発展途上国、とりわけイスラーム諸国。反対に、市民革命によって近代国家建設と近代立憲主義憲法を確立した国は簡素である事が多い。
- 人権制約規定について。社会主義的基本権以外の人権を認めない社会主義諸国や人権意識の定着が遅れている発展途上国では人権制約規定を憲法上に明示する傾向がある。先進国ではそうした規定を置かず、法律による制約のある場合に違憲立法審査制によって厳格に審査する傾向がある。
- レファレンダムとプレビシット(独裁的権力の強化を目的として信任作用を利用する)から、レファレンダムのデメリット。間接民主制との矛盾や抵触。プレビシットの危険性、世論踏査や誘導の危険性。もっとも、決定型ではない、助言型のレファレンダムの活用は十分可能であろう。
- スイスの2004から2009年の間におこなわれた国民投票では投票率が再考で53.8%最低は27.8%である。韓国では国会議員総議員の2/3異常の賛成で発議し、有権者の50%以上の投票率と投票者の過半数の賛成という要件を課している。
他にも気になるところはあったが、とりあえずはそんなところで。
ともあれ、内田樹のいうように、「日本は『自ら進んで成熟した民主主義を捨てて、開発独裁国にカテゴリー変更しようとしている歴史上最初の国』とみなされつつあることは記憶しておいた方がいいだろう」であることは自民党の改憲草案を見る限りかなり近いのではないか?という気がしてくる。それでもって、こうした辻村教授の指摘も、肝心の相手には届かないのであろう。
自民党の勉強会で不思議に思うのは、人権が欲しいなら義務を負うべきだということを、みんながためらわずに言うことです。例えばカネを貸した人と借りた人は権利と義務で結ばれていますが、貸した人には権利だけ、借りた人には義務しかありません。権利と義務は決してセットではないのですが、彼らはそういう初歩的なところではき違えています。
という小林節・慶応大学名誉教授のコメントを見るにつけ、これは反知性主義なのか、ド・メーストル的な反動思想なのか俄に判断のつかない感じがする。
ジョゼフ・ド・メーストルの思想世界―革命・戦争・主権に対するメタポリティークの実践の軌
- 作者: 川上洋平
- 出版社/メーカー: 創文社
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