中村紘子『チャイコフスキー・コンクール』感想
チャイコフスキー・コンクール―ピアニストが聴く現代 (中公文庫)
- 作者: 中村紘子
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1991/11/01
- メディア: 文庫
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ダラダラとテレビを見てしまわないからね。
それで今回は先日読んだ本の感想。
中村紘子は日本で一番名前が知られているピアニストではないだろうか。テレビ的に有名なピアニストで他にフジ子・ヘミングがいるけれど、中村紘子のネームバリューは大したモノである。
それというのも、中村が日本人として世界レベルで活躍する女性ピアニストの第一人者的存在であり続けた、と言うのが大きいだろう。
1965年の第7回ショパンコンクールで入賞し、以降、国内外で演奏活動をしてきたのだ。
もちろん、それ以前にも女性ピアニストでは田中希代子がいたけれど、惜しくも病気によって演奏活動が短い期間しかできなかったし、安川加壽子も教育に力を注いだ(それはそれで大変素晴らしい)、というのが管理人の認識なので、「それゆえに」中村はライヴァルの不在ゆえに第一線で活躍せざるを得なかった、とも言えるかもしれない。
ところで、ハウス食品でカレーかなんかのCMをずーっと出ていたこともある。余談だけど。
ついでながら小説家の庄司薫はダンナ。とはいっても、管理人は庄司薫の著作を読んだことはないですけどね…。
さて、そんなピアニスト中村紘子の初めてのエッセイが『チャイコフスキー・コンクール』であり、この作品で、中村は大宅壮一ノンフィクション賞を獲得した。
さて、能書きはこれくらいにして…。
本書で筆者が記すとり、「審査委員として」チャイコフスキー・コンクール(もちろんピアノ部門)に立ち会った中村が、その時感じたコトをエッセイ風に、時に文芸評論、芸術論風に書いたものが本書である。
主に前半部分は、チャイコフスキー・コンクール審査員ではなければ分からない、「ここだけの話」が多くのページを占め、言わば「上品な暴露本」みたいな様相である。
しかも、まだこの当時はソヴィエト連邦が健在であった頃なので、往年のソ連の様子が文章を読んでいるとそこはかとなく分かってくるのも面白い。
後半、とりわけ【Ⅷ「ハイ・フィンガー」と日本のピアニズム】は文化論としても十分通用するほどの出来を示している。この部分だけ切り出して読めば、中村紘子というピアニストが音楽以外の素養にも非常に優れていた、と思わせるに充分な文章である。
有史以来の日本の精神的伝統である舶来礼賛主義、そしてその舶来文化を受け容れる際の一種の教養主義が、国家の文明開化政策と結びつくという形で、忽然と言わば人工的に生まれた日本の「西洋音楽」。その結果何ら芸術的感動を伴った優れた生演奏に触れ得る機会もないまま、とにかくまずは指を動かすことに専念しなければならなかった現実。加えて、とにかくそのピアニズムの「マニュアル」そのものが、二流三流のものであったこと。
中村紘子『チャイコフスキー・コンクール―ピアニストが聴く現代』p.186
黎明期から草創期にかけての日本人音楽家にに西洋音楽が理解できるのか否か、と言う点は常に悩みの種であった。言い換えれば明治以来一貫して、つねにこの問題と対峙し続けてきたと言っても過言ではないだろう。
それぞれの音楽家が、それぞれの方法によって―これと苦闘し、最後まで答えが出せずにもがき続け、あるいは、悟りにも似た境地に達し独自の道を歩む―取り組んできた問題に、中村自身も当然、悩み考えたのだろう。中村自身の結論めいたことの一端は、本書においても当然記されている(詳細は読んで確かめてくださいね)。
そしてこれはクラシックというヨーロッパの音楽だけではなく、それ以外の多くの領域にも当てはまる命題であろうと思われる。
また、【Ⅹコンクール優勝者が多すぎる】以降はコンクールの増大と、クラシック音楽の大衆化がもたらす変化についての文章だ。
その前章の「なぜバッハはショパンのように弾いていけないのか」から基底には連続した問題意識があって、クラシック音楽における「形式」の問題へと大衆化するこの世界の現状への雑感が述べられている。
本書はのちの中村のエッセイからすれば文章は非常に硬いが、しかし、その文章の硬さが反対に、本書自体の格調を高めるコトにつながっていて、そこは一長一短である。
しかし、そうした文章ゆえに、後半の文章の持つ洞察の深さと相俟って、読み手自身に、(コンクールという一種の)規格化、日欧の文化論、大衆化といった論点について、自分なりに考えようとするきっかけを与えることになることもまた事実である。
時に、他のピアニストに対する辛辣ともとれる表現はあるものの、演奏家からの視点としての本書の存在は非常に大きいものがある。
オススメ度→★★★★☆