あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

制度かパーソナリティか@大嶽秀夫『小泉純一郎 ポピュリズムの研究』

 本書は2006年11月に東洋経済新報社から発売された。総理在任期の小泉純一郎がとった行動をポピュリズム戦略と手法として、分析・検討したものである。目次は以下の通り。

序章 ポピュリスト小泉の戦略
第1章 道路公団改革に揺れた小泉首相のリーダーシップ
第2章 郵政民営化における劇場型政治マキャベリズム
第3章 九・一一同時多発テロイラク戦争での決断
第4章 北朝鮮拉致問題で示したポピュリズム
終章 小泉「劇場型政治」の功罪


 まず、ポピュリズムについて説明する必要があるだろう。
 ポピュリズムとは(もともとの意味として)19世紀末のアメリカで展開された人民党による社会改革運動を指す場合がある。広義で言えば、情緒的な反体制運動を指すこともある。
 しかし、近年の使用例を見ると、「民衆の運動」という側面よりも「情緒的な」側面が強調され、「情緒的言説を以て大衆迎合的な政治」を指していることが多い。本書においても、ポピュリズムそのものよりも、「ポピュリスト」政治家の手法をポピュリズムと呼んでいるようだ。


 小泉純一郎に対する著作はかなり出ている。これは小泉が総理在任期間中から出されたものも多々あり、ある程度歴史的な評価が確定した人物ならともかく、特異な現象だといえる。逆に言えばそれほどまでに「小泉内閣」と小泉純一郎という人物は日本政治史、まれに見る特異なキャラクターであったことを証明するものかもしれない。
 そのような中で、政治学者による小泉純一郎に関するものとしては御厨貴に続いて出されたのが本書である。ただし、日本政治史を専攻とする御厨とは異なり、著者、大嶽秀夫の専攻は政治過程論であり、当然のことながら注目点は小泉純一郎ポピュリズム政治家として位置付け、その手法を分析しようとするものである。


 佐藤、吉田に続く戦後三番目の任期を誇る小泉内閣であるからその包括的なポピュリズムの分析は当然難しく、本書においても検討されるのは道路公団民営化問題や、郵政民営化イラク戦争での対応、北朝鮮問題の4点に限定されている。
 本書の特色は、そうした小泉内閣の制作過程を政治学的手法できちんと資料収集ならびに分析されているところであろう。そのおかげで、近年出版された小泉に関する著作の中では極めてバランスのとれた記述となっている。それと共に、小泉内閣で採られたこれらの政策の要点や問題点に関する簡潔にして要領を得た説明がなされており、普段からテレビや新聞などのマスメディアに接しながらも「今ひとつ小泉内閣での政策が分かり難かった」という人には非常に参考になるものであろう。


 各章ごとの詳細な検討は省くが、道路公団改革での失敗と郵政民営化の成功を分けたものは何だったのか、ということも本書を読むと明らかになって面白い。つまり、そこには小泉自身の政策に対する理解度の深浅も存在し、また民営化推進委員会の人選という要因も存在する。しかしながら、確実なことは、道路公団改革の失敗をいわば「教訓」にして、郵政民営化問題については非常に周到な準備がなされたということである。
 その点において、小泉の採った手法は非常に冷徹なマキャベリズム(目的のためなら手段を選ばないという考え方)的な判断に基づきながら、民営化を成功させるためにポピュリズム的手法を動員し、世論の支持を集めていたことが明らかになっている。


 大嶽自身の分析としては、小泉内閣で発揮された「官邸主導型のリーダーシップ」は橋本内閣時代に行われた省庁再編の際に制度的な枠組みが整備され、それが小泉純一郎という特異なキャラクターによっていかんなく発揮されたとしている。
 橋本内閣以降、小渕、森は制度的な枠組みはあったものの、それを有効に活用できるパーソナリティを持たなかったため、官邸主導型リーダーシップが発揮されなかった。小泉純一郎はそうした官邸主導型リーダーシップを阻害する自民党のボトム・アップ式「事前審査制」の慣習を完全に無視する形でリーダーシップを確立していったことが窺える。
(ここでも自民党内の慣習や一種の「人情」を徹底して無視する小泉のマキャベリズムの一端が見られる。)

 結論をいえば、小泉内閣での政策決定過程は上述の通り、橋本内閣での省庁再編での制度上の整備というのももちろん重要であるが、それ以上に小泉自身のパーソナリティによるところが大きかった、と制度決定論的な見解からはやや距離を置いている。
 

 ことほどさように本書についてながめてきたわけだが、本書が目的とするところは、冒頭のとおり、小泉純一郎の採ったポピュリズム的手法の分析であって、大衆のポピュリズム的反応の分析ではない。
 だから当然、本書から大衆社会ポピュリズムを醸成する土壌について考察したいと思う人には肩すかしを食らうかもしれない。したがって、ポピュリズムを生み出す大衆社会について考えたい人はリップマンやコーンハウザーといった大衆社会論の「古典」となるべき作品を読んだ上で、本書を読んだ方が良いかもしれない。


 とはいえ、本書はクセのない文章なので、政治学を専門とする人でなくても読みやすいし、さらに言えば政治学を専門としない人が読めるように具体的内容に即して説明されているため、読んでいて面白い。
 個人的な感想だが、マスメディアに感心がある人には是非読んでもらいたい本である。


オススメ度★★★★☆


著者紹介:大嶽秀夫
1943年岐阜県生まれ。京都大学卒業後、東京大学大学院(博士号取得)、シカゴ大学ハンブルク大学、パリ政治学研究所(シアンス・ポ)に学ぶ。
 専修大学講師、東北大学助教授・教授を経て、京都大学法学部教授(政治過程論専攻)。

著作
現代日本の政治権力経済権力』(三一書房
『アデナウアーと吉田茂』(中央公論社
『政策過程(現代政治学叢書11)』(東京大学出版会
『戦後政治と政治学』(同上)
『日本型ポピュリズム』(中公新書
再軍備ナショナリズム』(講談社学術文庫
 など