あれぐろ・こん・ぶりお 2楽章

備忘録も兼ねて。日記なんて小学生の時宿題で課された1年間しか続かなかったのですが、負担にならないように書けば続くものですね。

都響スペシャル「第九」(12/24)

指揮/エリアフ・インバル
ソプラノ/隠岐彩夏
メゾソプラノ/加納悦子
テノール/村上公太
バス/妻屋秀和
合唱/二期会合唱団

ベートーヴェン交響曲第9番 ニ短調 op.125 《合唱付》    

 恒例、都響スペシャルを東京芸術劇場で聴く。指揮はインバル。インバルが第九を振るのは2015年にフルシャの代打で急遽来日した時以来、7年ぶりだ。
 あの時が現在進行形で聴いたモダンオケを使ったピリオドでないアプローチながも最高峰に到達した稀有なコンサートだった(自分の中ではライヴで聴いたカコイチの演奏)けれど、今回は違う方向に「進んで」いる。

 4管編成で大迫力!と思いきや、弦は艶やかにヴィブラートさせるわけじゃない。「ふくよかな」響き、ではなくの感触が春の祭典みたいな、新古典派っぽい逞しい響き。あたかもミケランジェロダヴィデ像みたいな筋肉がつきながらも均整の取れた、力強さとでも言ったらイイのか。
 それでいて7年前とは変わって快速テンポなんだけれど、サクサクというよりグングン進む。トスカニーニの52年盤にも似た推進力がスゴい。第1楽章はソナタ形式の完成度がコレでもか、というくらい印象的だ。弦楽器の充実感はいつものことだけれど、フルート、ファゴットオーボエが冴えているのでいつも以上にポリフォニー感が強いとでもいうのか。(今回チケット気合い入れて買ったので1F中央という非常に良い座席だったのも大きい)
 この印象は第2、第3楽章でも変わらなくて、第3楽章の美しさは浄化されるようだ。
コロナ禍だからか、3楽章で一旦インバルは退出。その間にコーラスとソリストが入場して、チューニング。このご時世、このタイミングしかないだろうなぁ。
 4楽章はコンバスとチェロが極めて雄弁かつしなやかである。
 バリトンソロがオペラか!というような手の広げ方は効果的(でも個人的には好きじゃない)で、視覚的にも抜群。ただ、図抜けて声量も含めて上手い。
 都響の第九は合唱がプロなだけに非常に美しく、改めて「合唱」と題されるのだと思う(毎年だけど)。
 自分のベストは7年前の演奏だけれど、今なお、新しい表現を模索しようとしている86歳のインバルは本当に凄い。都響の指揮者団からすると、次は最短で4年後?(ギルバート→大野→小泉→インバル?)新しく客演を迎えるとさらに先?その時は90歳を超えちゃうよね。でも、その先を聴きたいなぁ。
 だから、というわけじゃないけれど、音楽の神様にこの後も祝福されますよう願わずにはいられない。